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12.ワイン

Penulis: 月山 歩
last update Terakhir Diperbarui: 2025-10-16 15:23:33

「一緒にいただきたいものがあって、執事にお願いしましたの。」

 ジャスミンは何故か、セオドア様とユーリーが、二人で過ごすと思われる居室に呼び出されていた。

 侍女に促され、二人が座るソファから離れた椅子に座らせられる。

 二人の間には華やかな蝋燭が灯され明るいが、私はその光の外に置かれた影のようだった。

 ユーリーはわざと、身分の差を見せつけ牽制するために、私も部屋に呼んだのだ。

 自分はセオドア様の隣にいるべき人物で、私はただの使用人だと見せつけるために。

 だとしたら、彼女には今の私の若さが妬ましく映ったのだろうか?

 民になった私など、彼にとっては取るに足らない者なのに、女というだけで敵と見なされたらしい。

 私の知っていたユーリーは、そんなことをする人ではなかったと思っていたが、立場が変われば見えるものも違う。

「ジャスミンはカレンの大切なナニーで、私達の付き合いには関係ない。」

 セオドア様は、私がこの場に呼ばれたことに戸惑いを見せるが、ユーリーは優雅に微笑み、彼の言葉を軽やかに受け流す。

「でも、セオドア様に口をつけてもらうには、この方の毒味が必要だと伺ったわ。」

 二人は私のことを話しているけれど、まるで私の存在などそこにないかのように扱われていた。

 前世では、セオドア様は夫、ユーリーは後輩、なのに現世では、私はただの毒味役である使用人。

 自分で望んだとはいえ、過酷な運命だと言わざるをえない。

 けれど、転生する時にカレンのためなら、すべてを乗り越えると決めた。

 だから私は、今の立場を甘んじて受け入れるわ。

「じゃあ、早速それを披露してくれるかい?」

「ふふ、これなの。」

 ユーリーが慎重に袋から取り出したのは、深紅のワインボトルだった。

 その瞬間、セオドア様の眉がわずかに動き、私は息を呑む。

「わかっていると思うけれど、僕はあれ以来ワインは飲まないことに決めている。」

「でもそろそろ、ジュリア様のことは忘れても良い頃じゃなくて?」

「いや、ジュリアのことを忘れるなんてあり得ない。

 カレンもいるのに。」

「もう、セオドア様ったら、真面目ね。

 そういうところも素敵だけど。」

「悪いが、僕は遠慮する。」

「じゃあ、今日は私だけが飲むことにするわ。

 そこのあなた、さっさと毒味して。」

 ユーリーは侍女にワインを開けさせると、グラスを私の前に置かせた。

 血のように赤いワインを目の前にするだけで、体が凍る。

 今でもなお、自分を死に追いやったワインが怖い。

 もちろんあの時のワインではないし、毒も入っていないだろう。

 わかってはいても、見つめる先のグラスに触れる指が震え、喉は乾ききっているのに、見るのさえ呼吸を奪う。

「何してるのよ。

 ぐずぐずしてないで早く飲んで。」

 ユーリーは指示に従わない私を、ギロリと睨む。

 ここで毒味を断ることは、ただの使用人である私に許されない。

 震える指を抑えることもできずに、恐る恐るグラスを口に運ぶ。

「ほんの少しだけ、ほんの少しだけ口をつけるの。」

 自分に言い聞かせ、唇を近づけた、その時だった。

「ジャスミン、もういいよ。

 下がりなさい。

 ユーリー、よく考えたら、君が持ち込んで飲むものに、毒味はいらなかったね。

 僕はカレンのために死ぬわけにいかないから、毒味をしてもらっているに過ぎない。

 だから、僕が口つけないものに毒味はいらないんだよ。」

「そうですわね。

 邪魔者はいない方が良いわ。」

 セオドア様の声がけに、ユーリーは笑みを浮かべ、冷ややかに頷いた。

 その隙に私は立ち上がり、せめて部屋を出るまでは倒れてはいけないと自分に言い聞かせながら、その場を後にした。

 けれど、廊下に出た途端、足がもつれ、膝から崩れ落ちる。

 カレンのために何でもすると誓ったけれど、私を死に追いやったワインだけは無理だった。

 口につけたらきっと、その場で気を失っていただろう。

 どんなに理性で乗り越えようとしても、あの液体を見るだけで、心が凍るのだ。

「ジャスミン? どうしたの、顔が真っ青よ!」

 廊下で動けないでいる私に、ポーラが駆け寄ってくる。

 私は必死に息を整えながら、かすれた声で答えた。

「ワインの毒味をするように言われて…。

 でも、どうしても飲めなくて。

 きっと、ここのワインが不吉だと、無意識に思っているのね。」

 私はなんとかワインが飲めない理由を誤魔化そうと、この邸のせいにした。

「とりあえず、私に捕まって。

 部屋に戻って休んだ方が良いわ。」

「ありがとう。」

 ポーラの腕に支えられ、どうにか部屋へ戻る。

 ベッドに横たわると、彼女がそっと布団をかけてくれた。

「…今日の仕事はもういいわ。

 ゆっくり休んで。」

「ありがとう。」

 目を閉じると、ようやく体の力が抜けた。

 ポーラのおかげで、何とか醜態を晒さずにいれそうだわ。

 それに、全く気づいていなかったけれど、すっかりワインはトラウマなのね。

 セオドア様がワインを飲まない人で、助かったわ。

 カレンのためなら何でもすると、覚悟をしてきたつもりでも、ワインを飲む仕事だけは、どうしてもできそうになかった。

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